数を表す単位、いくつ言えますか?
私が小学校の時に受けた算数のテスト用紙、その裏に数の単位が書かれていました。
万、億、兆くらいは知っていたものの、その先の京、垓など、未知の単位に知的好奇心が疼いたのを覚えています。その呼び名の多くが仏教圏から来たことを考えると、仏教の世界で大きな数字を扱っているというスケールの大きさも感じます。
ふとそんなことを思い出したので、数の単位について自身の理解を整理するとともに、小説のタイトルにも使われている言葉を探してみたいと思います。
ちなみに私は理系出身で物理を専攻していたのですが、物理の世界ではこうした単位が大事で、呼吸するのと同じ頻度で単位変換を行なっていました。もしこのブログを読んでいるあなたが、物理教育を受けている学生や生徒、すなわち物教徒であるなら、単位の話はとても重要なので気合いを入れて勉強することをオススメします。
今回の趣旨
日常生活で使われる10進数における数の数え方(命数法)を整理します。
一、十、百、……のように大きくなる並び(大数)を対象とし、対応する部分では自然科学で使われる国際単位系(SI)による表記も行います。
一、分、厘、……のように小さくなる並び(小数)についてはまた別の機会に回します。
数の単位は小説や映画のタイトルに使われていることもあり、使われている単位、使われていない単位を調べる目的もあります。
タイトルの調査方法として、小説については出版されて国立国会図書館に貯蔵されたものを対象に、映画については映画.comで検索にヒットしたものを対象とします。
出版された作品集に含まれていればそれも対象に含んでいます。例として、芥川龍之介作品集に含まれる『年末の一日』は対象の範囲内です。なお、過去の文学作品については、青空文庫の検索を利用しています。
作品例の掲載優先度は小説を高く設定し、小説で見つからなかった場合に映画作品を検索します。まぁほら、小説がメインテーマのブログだし、ね?
各数詞については簡単にコメントをし、その中でどのようなスケールで単位が使われるかを挙げていきます。
大数の数え方、単位
一(いち)
全ての始まりの数字。「ある」を表す数字です。これがいくつあるかで数を表します。
表記
数字の表記で1、SI接頭辞はなく、10の0乗(100)です。
この単位が使われる作品例
芥川龍之介『年末の一日』
太宰治『一日の労苦』『一歩前進二歩退却』
江戸川乱歩『一枚の切符』
コメント
超有名どころの作家が使っていました。
一日、一枚など、何かの単位として使われていることが多いようです。
国立国会図書館で「一」を検索すると9万件を超えていてびっくりしました。
一番、一位など、順番の中で最初を表す言葉としても使われる一。一番って素敵。
……それにしても、数字に対してコメントをしたのは初めてです。
十(じゅう)
一が10個集まって十。日常生活で使われる十進法にもあるように、私たちに馴染みの深い数字です。
表記
数字の表記で10、SI接頭辞はdeca(デカ)で、10の1乗(101)です。
この単位が使われる作品例
壺井栄『二十四の瞳』
海野十三『三十年後の世界』
江戸川乱歩『怪人二十面相』
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こちらも有名作品を中心に。
海野先生に至っては名前にも作品名にも「十」が使われています。他には、日付、時間、年齢などが入った作品が多かったです。
十の読み方ですが、日常では時間としての十分を「じゅっぷん」と発音することが多いですよね。しかし、この読み方が文化庁の常用漢字本表で認められたのは平成22年(2010年)の見直しから。しかも備考欄の中で、です。
国語辞典をベースにするなら、それまで「じゅっ」と発音するのは間違っていたことになります。「じゅう」と「じっ」はアリでも、「じゅっ」はナシ。なんてこった。
アナウンサーの方々は今でも意識して「じっ」と発音しているので、今度ニュースを聞くときは注目してみると面白いかも。
百(ひゃく)
十が10個集まって百。テストの満点は百である事が多いので馴染み深いです。
表記
数字の表記で100、SI接頭辞はhecto(ヘクト)で、10の2乗(102)です。
ヘクトは気圧の単位、hPa(ヘクトパスカル)で聞く事が多いですね。
この単位が使われる作品例
太宰治『富嶽百景』
夏目漱石『二百十日』
中田永一(乙一)『百瀬、こっちを向いて。』
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現代作家から乙一先生の作品を例に。別名義の時の作品です。
百物語とか、百年のなんとか、といった作品もありました。
個人的には百を「もも」と読むのが好きです。他にも、五百で「いお」、八百で「やお」のように「お」に変化するのもいいですね。素敵。
やわらかい、優しいイメージの字です。
千(せん)
百が10個集まって千。千と千尋の神隠しで主人公が千尋の「尋」を取られた時の名前でもあります。
表記
数字の表記で1,000、SI接頭辞はkilo(キロ)で、10の3乗(103)です。
キロは距離の単位であるキロメートルだったり、体重の単位であるキログラムで馴染み深い接頭辞です。
この単位が使われる作品例
芥川龍之介『古千屋』
イーユン・リー『千年の祈り』
宮崎駿『千と千尋の神隠し』
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私の中で『千と千尋の神隠し』の印象がかなり強いです。
他には、千年のなんとか、一千九百十六年のなんとか、など年を表す作品がありました。
上でも挙げましたが、日常生活ではk(キロ)として扱われる事が多く、馴染みの深い数字です。
個人的な感覚ですが、1000を超えると大きな数字、という印象。カンマ区切りが出てくるのが千からですからね。
この千までは一桁ごとに名前が変わりましたが、次の万からは一から千を組み合わせて表現し、それを超えたら次の単位である億に、という形で表現されます。
万(まん)
千が10個集まって万。万が千集まると千万ですが、万が万集まると万万ではなく億のように名前が変わります。これは万進と呼ばれる繰り上げ方です。
表記
数字の表記で10,000、SI接頭辞を使うと10kで、10の4乗(104)です。
SIの接頭辞では1000毎に名前の変わる千進が使われます。日常生活の万進と数字の呼び方が違うのでちょっと混乱するかもしれません。
この単位が使われる作品例
ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』
渡辺喜恵子『万灯火』
百田尚樹『魔法の万年筆』
コメント
『魔法の万年筆』は文庫本『輝く夜』に収録。
万の単位だと、どうしてもお金がちらつく私はどうしようもない俗物なのです。日本の紙幣において最高額面が1万円ですから、この印象が強いです。
地球1週で約4万キロメートル、農耕が始まったのが約1万年前です。
万はよろずとも読み、何でも揃う万屋、とても数が多い八百万の神など、数が多いことを表す言葉でもあります。
億(おく)
万の万倍で億。億は数が極めて多いこと、想像もできないくらい多いこと、の意味を持ちます。
表記
数字の表記で100,000,000、SI接頭辞を使うと100M(メガ)で、10の8乗(108)です。
この単位が使われる作品例
筒井康隆『48億の妄想』
コナー・オクレリー『無一文の億万長者』
清水一行『一億円の死角』
コメント
日本の人口が約1億2700万人、サラリーマンの生涯賃金の平均が2億5000万円、といったオーダーの数字。
宝くじの最高当せん金で10億円なんていうのもありますね。本を検索していても、お金に関する本が多くヒットしました。
億を使った言葉に「億劫(おっくう)」がありますが、これは気が遠くなるほどの長い時間を指します。「劫(こう)」は時間の単位で、一劫は43億2000万年とのこと。
その一億倍ですから、4.32 * 1017年、つまり43京2000兆年。
宇宙ができてからまだ138億年しか経っていませんから、3劫とちょっとくらいです。億劫まではまだ遠いですね。
兆(ちょう)
億の万倍で兆。兆も数が極めて多いという意味を持ちます。兆し(きざし)のように物事の前触れを表す言葉でもあります。
表記
数字の表記で1,000,000,000,000、SI接頭辞を使うと1T(テラ)で、10の12乗(1012)です。
アメリカ英語だとtrillionに相当します。
この単位が使われる作品例
島尾ミホ『老人と兆』
山口瞳『居酒屋兆治』
八木圭一『一千兆円の身代金』
コメント
『老人と兆』は『祭り裏』に掲載。この作品の兆はきざしです。念のため。
兆という単位は日本の財政でよく見かけますね。
財務省が公開している平成28年度の決算を見ると、歳入決算総額の合計は約103兆円でした。
距離で見てみると、地球から土星までの距離が1兆5000億メートル。
ディスク容量でみると1TBといえば2017年に多く流通しているSSDの容量くらいでしょうか。
ウルトラマンに出てきた宇宙恐竜ゼットンが吐く火球は1兆度。宇宙が生まれて10-4秒後、つまり宇宙が100マイクロ秒歳の時の温度を作り出します。宇宙が「ビッグバンなう。なんかハドロン? とかいうの出来たっぽい」と言ってる頃の温度です。
直径1メートルもあれば、吐かれた瞬間に太陽系滅亡が確定する恐ろしい技ですね。
京(けい)
兆の万倍で京。スーパーコンピュータの名前でもあります。
みやこや高い丘を表すもので、大きなものを表すために使われます。
表記
数字の表記で10,000,000,000,000,000、SI接頭辞はP(ペタ)を使って10Pで、10の16乗(1016)です。
そろそろ数字の表記が辛くなってきました。
この単位が使われる作品例
夏目漱石『京に着ける夕』
堀澤光儀『金田一京助物語』
リリー・フランキー『東京タワー〜オカンとボクと、時々、オトン〜』
コメント
数字としての京が入った作品は見つからず、地名か人名としての京が入った作品が並んでいました。
一京円というと、世界最大の金融一族、ロスチャイルド家の資産を日本円換算した時の資産総額でしょうか。
wikipediaの海水の項目を参照すると、地球上の海水の体積は13.7億km3 = 1.37 * 1018m3で、密度は1.02g/cm3= 1.02 * 103kg/m3なので、1.40 * 1021kg、トンに直せば1.40 * 1018t、つまり140京トンです。
リリー・フランキーさんがCMに出演している、最大積載量2トンのヒノノニトンだと、海水を運ぶのに70京台分必要です。
垓(がい)
京の万倍で垓。
これ以降の単位を知っていたら数字マニアを名乗っていいと思います。
表記
数字の表記で100,000,000,000,000,000,000、SI接頭辞はE(エクサ)を使って100Eで、10の20乗(1020)です。もしくは上の接頭辞であるZ(ゼタ)を使って0.1Zです。
科学計算の世界では多くの場合、指数を使って表すので、漢字の垓で単位を表すことはそうそうありません。
この単位が使われる作品例
野田兼司『三千垓の謎』
コメント
あった。正直ここからはガラ空きだと思ってました。
1垓というと、ドラゴンボールに出てくるゴールデンフリーザ様の戦闘力が1垓とのこと。第一形態だと「私の戦闘力は530000です」などとおっしゃっていましたが、この時に感じた絶望感が嘘のようなインフレです。
インフレといえばジンバブエドル。非公式ではありますが、2008年のインフレ率を計算すると、年率換算で897垓%だったようです。2017年現在ではジンバブエドルは廃止されており、米ドルやユーロなど、外国の通貨9種が法定通貨になっています。
自然科学の範囲だと、みんな大好きアボガドロ定数がこの辺り。アボガドロ定数は6.022 * 1023/molで、1molあたりに含まれる構成粒子(分子や原子など)の個数を表す数。垓に直せば水1molあたり6022垓個の水分子があります、と表現出来ます。
地球の体積は1.08 * 1021m3、つまり10垓8000京立方メートル。東京ドーム871兆個分です。
(じょ)または秭(し)
垓の万倍で、または秭。
もともとは秭(し)だったようですが、江戸時代にこの万進による数の呼び方を決めた本である塵劫記(じんこうき)に、間違って(じょ)と書かれたことで、日本ではと呼ばれるようになりました。
どちらものぎへんですし、当時は筆でさらさらっと書いていたので、間違っちゃってもしょうがないですね。
気付いた方もいるかもしれませんが、うちのブログではの文字を表示できないため、画像で表示しています。秭は出てくるのにねぇ……。
表記
数字の表記で1,000,000,000,000,000,000,000,000、SI接頭辞はY(ヨタ)を使って1Yで、10の24乗(1024)です。
SI単位ではY(ヨタ)が最高値なので、これ以降は1兆ヨタメートルみたいな異次元の呼び方になります。
この単位が使われる作品例
なし。
コメント
流石にありませんでした。国立国会図書館の検索では、秭の方で中国のガイドブック? のような本がヒットしたのみ。
ちなみにの方は和製漢字なので中国では使われていないようです。
地球の質量が5.9724 * 1024kgで59724垓キログラム。
私たちの銀河が所属しているおとめ座超銀河団のお隣、うみへび座・ケンタウルス座超銀河団までの距離はだいたい1億7600万光年なので、メートルに直せば16650垓メートル。
まさに天文学的数字。
穣(じょう)
または秭の万倍で穣。
豊穣の穣なので、豊かに実る、とてもいっぱい実る、といった縁起の良さを感じます。
表記
数字の表記で10,000,000,000,000,000,000,000,000,000、10の28乗(1028)です。SI接頭辞を使うと1000Y。
この単位が使われる作品例
松平みな『穣の一粒』
長谷敏司『地には豊穣』
コメント
『地には豊穣』は『ゼロ年代SF傑作選』および『My Humanity』に収録。
数字の単位としてではなく、実りを意味するタイトルでした。
太陽の質量が1.99 * 1030kgですから、199穣キログラム。地球とは文字通り桁違いの質量です。
1穣メートルだと、だいたい1兆光年くらいの距離です。現在観測可能な宇宙の直径が930億光年くらいなので、それよりも大きい何かまで到達できる距離ですね。観測可能な宇宙からその先までの距離を「1穣メートル」の6文字で表せるなんて素敵。
溝(こう)
穣の万倍で溝。
みぞと読んではいけない。
表記
数字の表記で100,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000、10の32乗(1032)です。
この単位が使われる作品例
江國香織『溝』
泡坂妻夫『排水溝など』
コメント
『溝』は『号泣する準備はできていた』に、『排水溝など』は『泡坂妻夫の怖い話』に収録。そりゃ溝(みぞ)に関する小説がヒットしますよね。
宇宙のビッグバンから1プランク時間経過した時の宇宙の温度はプランク温度と呼ばれています。その温度は1.42 * 1032K(ケルビン)なので1溝4200穣度と表せます。
絶対温度なので私たちの日常生活で使う温度とはちょっとずれていますが、たかだか273.15度変えたところで誤差にもなりません。
このプランク温度は宇宙が一番熱かった時の温度です。これ以上の物理的に意味がある温度は知られていないので、宇宙の歴史の中で最高気温です。
また、地球上にいる生物の数がおよそ3 * 1033個体らしいので、地球は30溝の生命が渦巻く星となっています。世界の人口が70億人ということを考えると、人間って地球の中ではドマイナーな生き物ですね。
澗(かん)
溝の万倍で澗。
澗は谷や谷に流れる水を表します。
表記
数字の表記で1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000、10の36乗(1036)です。
この単位が使われる作品例
なし。
コメント
小説は見つからず。中国の書籍らしきものはヒットしたものの、それが小説であるかまではわかりませんでした。
この辺りになると丁度いい量を見つけるのが難しくなってきます。
私たちがいる銀河系の中心には、いて座Aという大質量ブラックホールがあります。その質量が2 * 1036kg、つまり2澗キログラム。太陽の100万倍の質量なので桁違いに重いです。
昔の人は何を思ってここまで大きな単位を作ったのでしょうか。天文学的な数字が使われることを予見していた……?
正(せい)
澗の万倍で正。
一般的に使われる正しい、といった意味の方が思い浮かびやすいです。数学的にも、正の数といった表現の方が馴染み深いですね。
表記
数字の表記で10,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000、10の40乗(1040)です。
この単位が使われる作品例
太宰治『正義と微笑』
森村誠一『正義の証明』
コメント
正義とか正しいといった作品が多め。
私たちの太陽系を含む銀河系の全質量は、太陽の1兆2600億倍らしいので、計算すると2.51 * 1042kg、つまり251正キログラムです。
正という単位だとあまり大きく感じないのはなぜでしょうか。画数が少ないからですかね。銀河レベルの単位なのに。
載(さい)
正の万倍で載。
表記
数字の表記で100,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000、10の44乗(1044)です。
この単位が使われる作品例
三木聡『図鑑に載ってない虫』
河野多恵子『台に載る』
コメント
新連載ほにゃららといった本が多かったです。あとは教科書に載っていないほにゃららとか。
正で出てきた私たちの銀河系ですが、その銀河系が所属しているのがおとめ座銀河団です。このおとめ座銀河団の総質量が1.5 * 1044kg、つまり1載5000正キログラムです。
さらにこの銀河団が複数集まってできるのがおとめ座超銀河団。この質量は2.0 * 1046kg。200載キログラムです。
積載量が2載トンです、のように誤字みたいな日本語も成り立ちますね。ヒノノニサイトン。
極(ごく)
載の万倍で極。一文字の単位では最大。
表記
数字の表記で1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000、10の48乗(1048)です。
この単位が使われる作品例
夏樹静子『風極の岬』
菊池寛『極楽』
林真理子『下衆の極み』
コメント
一文字シリーズのラストを飾るのは極。もはやここまでの数を数え上げる人はいないでしょう。
半径1光年の球の体積が3.55 * 1048m3、極を使って3極5500載立方メートルです。体積を考えると、3乗するので大きな数が出てきそうですね。
ちなみにこの球の体積を東京ドームで例えると、286正個分です。
恒河沙(ごうがしゃ)
極の万倍で恒河沙。恒河沙はガンジス河の砂の数を意味します。もともとは仏教用語で、「ガンジス河の砂の数ほどいる多くの衆生(生きとし生けるもの)を仏は救う」みたいな文脈で使われていたようです。例えにガンジス河が出てきているのは、仏教が興ったインドの中心的な河川であるため。
表記
数字の表記で10,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000、10の52乗(1052)です。
この単位が使われる作品例
なし。
コメント
短歌を載せた歌集はありましたが小説はありませんでした。この辺りの言葉は仏教的ワードなので、小説のタイトルにするには難しいのかもしれません。
現在、人類が観測可能な宇宙の全質量が3 * 1052kg、つまり3恒河沙キログラムです。正直この単位を適用できる数が存在していることに驚いています。
「ゴウガシャ」とカタカナで書くととても強そうな単位。
阿僧祇(あそうぎ)
恒河沙の万倍で阿僧祇。阿僧祇も仏教用語で、もともとはサンスクリット語の「数えきれない」という意味の言葉。三阿僧祇劫という言葉がありますが、菩薩が仏になる(成仏する)までに行う修行期間を表します。億の時にも取り上げた一劫は43億2000万年、それが3阿僧祇なので……計算するのも嫌になりますね。
表記
数字の表記で100,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000、10の56乗(1056)です。
この単位が使われる作品例
なし。
コメント
阿僧祇も該当作品なし。
上で挙げた三阿僧祇劫を計算してみると、1.3 * 1066年。130不可思議年になります。字面がもう不可思議。
私たちの銀河より小さい大マゼラン雲という銀河がありますが、その体積が3 * 1058m3で300阿僧祇立方メートル。銀河を表すレベルの単位です。
那由他(なゆた)
阿僧祇の万倍で那由他。那由他も仏教用語で、もともとはサンスクリット語の「極めて大きな数量」という意味の言葉。三文字単位はここまで。
表記
数字の表記で1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000、10の60乗(1060)です。
数字が改行されるのは初めてです。
この単位が使われる作品例
福山静久志著『那由他』
コメント
ありました。どストレートにタイトルにした素晴らしい例です。
私たちのいる銀河系の体積は3.3 * 1061m3、33那由他立方メートルです。銀河レベルの単位。
ここまでくると、仏教的世界観の中に宇宙を紐解く鍵でもあるんじゃないかと思いたくなるレベル。ブッダは宇宙を見てきた……?
不可思議(ふかしぎ)
那由他の万倍で不可思議。不可思議も仏教用語です。もともとは、仏の神通力や知恵などは、普通の人間には言葉で表せないし、推し量ったりも出来ないよ、という意味。そこから、思うことも議論することも出来ないような大きな数、という意味で数字の単位になったようです。
表記
数字の表記で10,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000、10の64乗(1064)です。
この単位が使われる作品例
山口芳宏『蒼志馬博士の不可思議な犯罪』
平山夢明『不可思議』
山田正紀『不可思議アイランド』
コメント
不可思議は恒河沙や阿僧祇など、仏教由来の言葉の中ではタイトルとして付けやすいのかもしれません。
太陽と同じ質量のブラックホールが蒸発するまでにかかる時間が1066年、100不可思議年です。……ブラックホールって、蒸発するんですね。
ざっくり言うと、ブラックホール内では粒子と反粒子がポコポコ生まれています。この粒子と反粒子はぶつかると消えちゃいますが、出口付近で生まれた時に、片方が飛び出す可能性があるんです。するとその分だけブラックホールのエネルギーが外に出されていきます。飛び出す確率が0でなければ、悠久の時を経ていずれブラックホール内のエネルギーが全て放出されて蒸発する、という考え方です。
その悠久の時が100不可思議年です。ロマンチック。
上でブラックホールの出口と言っているのは事象の地平面(イベントホライゾン)のこと。これ以上進んだらブラックホールの重力から脱出できなくなる面です。厨二病患者は必修の単語。併せてシュワルツシルト半径も覚えておくこと。
無量大数(むりょうたいすう)
不可思議の万倍で無量大数。無量数が仏教用語。もともとの方では大は付かないようです。
塵劫記の中で定義された数詞のうち最大のものです。
表記
数字の表記で100,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000、10の68乗(1068)です。
この単位が使われる作品例
なし。
コメント
これを小説のタイトルに使うのは無謀かも。単純に数をインフレさせればいいってもんでもないですし、小学生かよ……と思われてしまいそう。
この大きさは、局部銀河群(ローカルグループ)と呼ばれる銀河の集まりの体積くらい。ここに私たちの銀河が所属しています。体積は5 * 1068m3で、5無量大数。東京ドーム403那由他個分の広さです。広いですね。
観測可能な宇宙のおよその体積は1.6 * 1081m3、16000000000000無量大数です。日本で使われる単位では無量大数の上がないためこのように表現します。単位の組み合わせがアリなら16兆無量大数。
よくある誤解として「9999不可思議を超えるとただの無量大数となり、無限を表す」とか「9999無量大数(以下略)でカンストする」と言った声も聞かれますが、そんなことはありません。
あくまで塵劫記の中で定義された数詞の中で最大なのであって、これ以降も大きな数は存在します。上で観測可能な宇宙の体積を表したように、100000無量大数とか、123456789無量大数といったように表せます。
無量大数の向こう側へ
漢字圏で使われる単位は無量大数までですが、世界はまだまだ広いです。
不可説不可説転(ふかせつふかせつてん)
恒河沙や阿僧祇の元ネタは仏教の経典に書かれた言葉ですが、同じく仏教の経典の一つである華厳経(けごんきょう)の中に、また別の系統の数詞が書かれています。
この経典の中で仏様が「いいですか青年よ、よく聞きなさい。悟った時の功徳は演説、阿僧祇、無量、無辺、無等、不可数、不可称、不可思、不可量、不可説、不可説不可説にも及ぶ、それはそれは大きく尊いものなのですよ。この大きさを感じてもらうために、数の説明をしましょう(意訳)」といって単位の説明をしてくれています。演説から不可説不可説まで全部単位の名前ですよ。
100000、つまり10万を表す洛叉(らくしゃ)があり、その100倍が俱胝(くてい)、俱胝の俱胝倍(107 * 107=1014)が阿諛多(あゆた)、阿諛多の阿諛多倍(1014 * 1014=1028)が那由他、……と続いていきます。最終的には不可説不可説転という単位が出てきて107*2の122乗という数字に至ります。
7*2の122乗を計算すると、1の後に0が37澗個くらいの数になります。無量大数はたったの68個ですから、不可説不可説転さんに比べたらミジンコみたいなものです。
念のための補足ですが、華厳経に出てくる那由他は、日本で使っている那由他とはオーダーが異なるのでご注意を。
Googol(グーゴル)
Google先生の名前の由来。
1googolは10100を表します。この時点で無量大数をぶっちぎっています。
考えたのはアメリカの9歳児。彼曰く、1の後に疲れるまで0を書く、だそうで。今から約100年前、1920年の出来事です。
Googolplex(グーゴルプレックス)
googolさんが牙を剥くのはここから。単体では10の100乗止まりですが、googolplexは10の1googol乗。つまり10googolとなります。10の10の100乗乗。誤字のようで誤りのない表現です。
1の後に0を100個書くのはまだいいです。しかし書き終わった後に、「今そこに101桁の数字が並んでいますね? また新しく1を書き、その横に数字の回数だけ0を書いてください」というのがグーゴルプレックス。無量大数回を遥かに超える回数だけ0を書かないといけません。
上で出てきた不可説不可説転さんは高々0が37澗個ですから、0がgoogol個書かれるgoogolplex様には到底及びません。
Googolplexplex(グーゴルプレックスプレックス)
「googol乗がアリなら、googolplex乗もアリだよね」そんな発想から生まれたgoogolplexplex、あるいはgoogolduplex、もしくはgoogolplex2。最後はスーパーサイヤ人2みたいになりました。同じ概念ですが、いくつかの呼び方があります。
10の1googolplex乗、つまり10googolplexと表現されます。10の10の10の100乗乗乗。
「おや? 1 + googol桁の数字が書けたようですね。ではその数字の回数だけまた0を書いてください」というのがグーゴルプレックスプレックス。
グーゴルプレックスの時点で、観測可能な宇宙の物質全てを紙とインクに換えても0を書ききれないのに、まだ書かせる鬼畜の所業。
宇宙の長さ(推定)
上の方では観測可能な宇宙の直径が約1穣メートルと紹介しました。これはあくまで人間が何らかの方法によって観測・知覚できる範囲の話であって、その外にも宇宙が広がっていると考えられています。
アメリカの物理学者であるレオナルド・サスキンドさんが宇宙の広さを計算した結果、その解のひとつとして10の10の10の122乗乗乗メートルを得たとのこと。
指数表記でとなります。なんだこれ。
グーゴルプレックスプレックスを超えました。やはり宇宙が起源にして頂点。我々の計り知れない規模の存在であるようです。
上の値は長さの次元であるようなので、体積を考えるならば、さらに3乗したオーダーになりますね。半径で計算するとか、4π/3をかけることなど、もはや誤差です。
単位のおさらい
想定以上の長さになってしまったので、今一度単位をおさらいします。
単位の名称 | 読み | 指数表記 |
一 | いち | 100 |
十 | じゅう | 101 |
百 | ひゃく | 102 |
千 | せん | 103 |
万 | まん | 104 |
億 | おく | 108 |
兆 | ちょう | 1012 |
京 | けい | 1016 |
垓 | がい | 1020 |
または秭 | じょ または し | 1024 |
穣 | じょう | 1028 |
溝 | こう | 1032 |
澗 | かん | 1036 |
正 | せい | 1040 |
載 | さい | 1044 |
極 | ごく | 1048 |
恒河沙 | ごうがしゃ | 1052 |
阿僧祇 | あそうぎ | 1056 |
那由他 | なゆた | 1060 |
不可思議 | ふかしぎ | 1064 |
無量大数 | むりょうたいすう | 1068 |
小説のタイトルに使われない理由も分かった
一般に使われている言葉と同じ漢字を使っている単位は小説のタイトルとして含めることができそうです。
しかし恒河沙、阿僧祇など、仏教由来の単位については、使いづらいかもしれません。なぜなら由来をきちんと知らなければ不勉強と言う人もいるでしょうし、勉強したら勉強したで内容がタイトルに引っ張られます。いっそ数字の単位として割り切ることも必要ですね。
那由他は使いやすい響きだからか、いくらか散見されました。小説というよりはゲームや漫画方面で使われていることが多い印象です。響きだけ見れば、ゴウガシャ、アソウギよりナユタの方が柔らかいですからね。濁点が重要なのかな。
また、をタイトルに含めるのはオススメできません。ブログで使っているデータベースの設定によっては、タイトルをブログに書けないことがあるので、使用を避けた方がいいです。タイトルを書けないと、その小説について語るのも難しいですからね。
使われていない文字には使われていないだけの理由がありますね。その使い方をうまく考えられれば、タイトルだけでグッと人を惹きつける小説を出せるかもしれません。『1Googolの空に』とか『宇宙の真理10-10-10-122』とか。うん、例が悪かった。
まとめ
日常生活で使われる、10進数における数の数え方(命数法)を列挙しました。日常で使う範囲の数詞は馴染み深い使われ方が多いですが、天文学的数字になると言葉通り宇宙における物理量を表現するようになりました。
また、小説のタイトルの中にこれらの数詞が含まれているかも調査しましたが、京や溝など、日常で別の意味として使っている言葉もあったため、当初の想定より多くの作品が並びました。
ただ、使われていない単位を使って小説のタイトルにしよう、なんて目論見もあったわけですが、使われていない単位には使われないだけの理由がありました。端的に言えば使いにくいのです。
まだ使われていない恒河沙や阿僧祇をタイトルに織り込めるくらいに小説を作り込める実力がついたなら検討したいかな、といった感じですかね。端的に言えば使うのは難しいです。
『悲しみの恒河沙』とか『僕らの秘密基地は阿僧祇の彼方』、『電子の神は無量大数と踊る』みたいなタイトルをつける前に、こうしたネガティヴデータが得られただけでも収穫です。
もしこの辺りの数詞をタイトルに使った方がいたらご一報くださいな。是非とも読んでみたいです。